内観とは?

内観とは(朝日カルチャーセンター講座「内観法」(1984)より)

内観(内観法、内観療法)は、ほぼ50年ほど前に、吉本伊信氏が、「身調べ」と呼ばれていた自己省察法をもとにして創始した、純日本的、かつ極めて効率の高い合理的な自己改善法であります。広い意味で心理療法の一種とみることもでき、実際に、さまざまの心や行動の障害で苦しんでいる人々が、短期間で顕著な回復を示した例は数え切れないほどです。夫婦関係、非行、心身症等にも成果をあげています。自分の過去の想い出を、特定の身近かの人々との関係の中から、組織的に順序立てて、徹底的に調べてゆくだけで、それまでの自分や他人についての見方、感じ方が、大転換してしまうのは驚くほどです。しかもこの変化は、決して、第三者の暗示とか指示によって起こるのではなく、あくまでも内観者自身の意志によって実行された行動によるのです。の方法を深く検討して行くと、これがどんなに理にかなったやり方であり、変化が起こるべくして起こるかが納得されるはずです。

村瀬孝雄:元学習院大学教授
初代日本内観学会会長
元日本心理臨床学会理事長

帰省する人しない人(東京理科大学新聞 昭和59年6月26日(火)より)

君たち学生の大部分は、「自分はもはや子供ではない」と思っていると思う。もしそうなら帰省したとき、父母にきちんと「ただいま帰りました」と頭を下げ、仏壇のある家なら線香でもあげてから旅装を解いてほしい。これは親から心理的に離乳するためのイニシエーション(儀式)である。これを照れくさがって、いつまでも中・高校生並みのでれでれムードだと、きちんとした大人の感覚が身に付かない。つまり帰省の度に稚心を去る自己訓練をせよといいたいのである。自宅通学の人たちは、今さら帰省でもあるまいというだろう。それがいけないのだ。「今日から夏休みで勉強から解放されたから、食器洗いや風呂場の掃除くらいさせてもらう」と宣言してほしい。大人というのは、人にして返す能力がある人のことである。してもらうばかりの人間を幼児的人間という。君たちは若いから、多くの人は父母健在だと思う。世帯を持つと父母と一緒に過ごしたくても、なかなかできない。そのうち別々のときが来てしまう。だから今のうちに父母と一緒の人生を感謝して味わうことである。父母を失った人はお墓参りをしてあげるとよい。ぼくたちの人生を支えてくれるものは、心の中の父母である。父母はぼくたちのアイデンティティー(自分は何者であるかの自覚)の根源の一つだからである。五〇歳近い中国残留孤児が「お父さん!」、「お母さん!」と叫ぶのは自分の原点(アイデンティティー)を求めているからである。自分はある事情があって、どうしても父母と和解ができないのです。それゆえ帰省の楽しみを知りませんという人がいたら、内観研修所で一週間すわってくることを勧めたい。観の転換が起こるはずである。奈良の吉本伊信先生、あるいは栃木の柳田鶴声先生にお願いしてみるとよい。  以上を要約すると、夏休みを自分の原点に戻る機会たらしめよということになる。

國分康孝:現東京聖徳大学教授
日本カウンセリング学会会長
日本教育カウンセラー協会会長

自分を知る

内観というのは読んで字の如く自分の内面を自分でみること、いわば自己探究とか、自分を知る方法と言われている。昔から自分を知るということがいかに大切かが強調されてきた。例えばソクラテスは「汝己自身を知れ」と。これがギリシヤ哲学の中心をなすものである。自分を知ることから全てが始まる。それから釈迦も経文の中で「人の言ったこと、言わないことをあまりくよくよ考えるな。自分のしたこと、しなかったことを見よ。そのことによって、精神的幸福と物質的財宝に恵まれる」と説いた。だから心理療法というより哲学的というか宗教的というか、原点はそういうところから始まっている。さて自分を知るということが重要だとして、われわれはどうやって自分を知ろうとしているのだろうか。われわれは毎日自分を見ている。生きているということは自分を見ているということである。例えば、まず他人に対して自分をアピールして、その人の応じ方や表情から自分というものを確かめる。これは常にわれわれがしていることである。それからもっと直接的に自分を見るのが鏡である。日本の家庭には鏡が多くあり、しかも鏡は古来から三種の神器の一つでもあり、大切にされているが、これは意味のあることであって、それだけ自分をいつも見ることが重要視されている。第三は、静かに座って自分自身を自省的に考えるという方法である。以上の三つをわれわれは毎日やっている。しかし、内観はこれらとは異なる方法で自分を見る。
内観について説明する前に、この三つの方法の特徴を吟味してみよう。これらはすべて冷静な自分を見る方法なのである。鏡を見るときはだいたい冷静である。自己紹介するときもやはり冷静に構えている。最後の反省しているときも冷静そのものである。ところが人間には半分以上冷静でない自分がある。そうすると自分自身を発見するとか、自分を本当に掌握するには、冷静でない自分も含めなければならない。しかし冷静でない自分は自分では見ていないのである。例えばアルコール中毒の人に「酒を飲んではいけない」と言っても、酒を飲んでいるときの醜悪な姿は自分では見ていないから、効き目がない。というのはそのとき冷静でないからである。冷静でない自分というのは、自分では掌握しきれていない。そこから人間関係の歪みが生じてくるわけである。
冷静でないときに行われている諸々のこと、隠れていた陰の自分を発見する一つの手段が内観法である。この内観による発見によって、人間が精神的に生き返ったり、アルコール中毒が治ったり、登校拒否の子どもが学校へ行くようになったり、人間関係がよくなったりするのである。

柳田鶴声著「愛の心理療法 内観」(いなほ書房)より

集中内観

内観法は、大きく「集中内観」と「日常内観」という分け方で表現されますが、そのやり方はどちらも基本は同じで、内観法と言えば内観法創始者吉本伊信師の実践していた集中内観法をことを指しています。大きな違いとしては、集中内観は内観研修所のような専門の施設で、従来の方法論を遵守して行われておりますが、日常内観はそれを各人が日常の中に反映しようとするものです。通常、私達が生活を送っている日常において、集中内観と同じ形式を取ることはほとんど不可能ですので、日常内観はそれぞれ行う人の事情(生活スタイル)に沿って、やり易いように工夫されたり簡素化がされたりしています。ここでは、内観法の原則である「集中内観」についてを紹介したいと思います。

集中内観のやり方について
瞑想の森内観研修所では、内観法の原則にのっとり、そのやり方として次のように説明しています。

1 集中内観は、日常のあらゆる情報を遮断して、原則1日15時間(朝6時起床、夜9時就寝)ずつ、一週間連続して座って、ひたすら自分自身を見つめ続ける作業である。
2内観をする場所は、部屋の一隅に立てられた二つ折りの屏風の中で、そこに楽な姿勢で座る。
3   考えることは、一言で言えば、他人に対して自分のした行為を、相手の立場に立って反省することである。
4調べる方法としては、自分と他人との関係を、自分史をめくるように年代順に事系列順に、相手の立場に立って自分を調べることである。
5特定の身近な人を一人ずつ、想起の対象として順次取り上げる。原則として母から始め、母の次は父・兄弟・姉妹・配偶者・子供・友人…といった具合に、自分の関わりのあるあらゆる人に対しての自分を時間のある限り調べていく。(起きている間中、食事をしている時でも入浴中でも一分一秒を惜しんで内観する)母親に対しては最後にもう一度やると良い。
6その対象となる人に対して、自分はこれまでどういう態度や行動をとってきたかを、思い出せる限りの昔から、3~4年ずつ年代を区切って調べていく。
7調べる内容としては、次の3つのテーマで、対象者に対しての自分を、検事(自分)が被告(自分)を取り調べるがごとく厳しく調べる。
(1)「していただいたこと」
(2)「して返したこと」
(3)「迷惑をかけたこと」(このテーマは、最も重要かつ困難なので、特に重点を置いて調べる)調べる際は、2:2:6の割合で重点を置いて調べる。 実際にあった具体的な出来事や経験を、出来る限り細かく、絵に描くようにまざまざと思い出すことが最も良い方法である。
8面接を約2時間おきにおこない、内観者は調べた内容を各テーマにつき具体的な事実を1~2つずつ面接者に報告する。その問答は次のような形をとる。
面接者が屏風の前に正座をして、合掌・礼拝をする。
面接者が屏風を開けて、内観者に「ただいまの時間、どなたに対して、いつのご自分を調べて下さいましたでしょうか」と問う。
内観者は「小学1年から3年までの母に対する自分を調べてみました。していただいたことは…、して返したことは…、迷惑をかけたことは…。次の時間は、小学4年から6年までの母に対する自分を調べさせて頂きます」というように答え、面接者が「ありがとうございました」と結び、再度お互いに礼をして屏風が閉じられる。
このような形式で、1日数回(7~8回)面接が行われる。
91回の面接時間は3~5分で、このとき内観者は話したくないことは話さなくて良い。
10「嘘と盗み」というテーマもある。これは、前述の3つのテーマを補い、特に罪の意識を自分の行動に基づいて経験することが出来る。
11「養育費」というテーマもある。これは、自分が自立するまでに、親にどれだけ経済的負担をかけたのか、経費計算をする。
12食事は、3食とも屏風に運ばれ、原則として屏風の中でおこなう。膳の上げ下げは内観者が行う必要はなく、面接者側でおこなう。
13食事中に、内観を導入するための参考テープを流す。
14内観中は、原則として、起きてから寝るまでの間、屏風の中で情報を遮断した状態で過ごすため、新聞・ラジオ・テレビ・携帯電話はもちろん、面接者以外の他の内観者と一切話をしてはいけない。

以上のように内観の仕方は非常にシンプルで簡単ではありますが、現実には、研修所において、週の半ば頃までは、きちんと内観法にのっとって内観できる人はほとんどいないといっても過言ではありません。  更に、内観法の重要な要素である「面接」及び、必須条件である情報遮断を実施する上からも、初めて内観をする時には、まず、適切な面接指導者による内観研修所での集中内観が肝要であると言われます。

日常内観

日常内観は、かつては分散内観ともいい、主に非日常的な環境(内観研修所)で行われる集中内観に対して、日常的に行う内観です。まず、日常内観を始めようと思われる方は、その前に必ず、内観研修所で面接者の適切な指導のもと集中内観をして、内観のやり方を身につけてから行ってください。内観法は、本で読んだり話を聞いただけでは一見簡単なように感じられることがありますが、初めて集中内観をされる方との多くの面接経験からも、内観の成果が出るような内観のやり方がすぐ出来る方は皆無と言っていいと実感しています。内観体験未経験の方がただ知識だけで始めた場合、自己流になってしまったり、独りよがり、自分の都合の良い内観、自分を責めるだけの内観など、望まれる内観本来の成果から遙かに離れた結果となってしまう恐れもありますので、集中内観体験後の実践をぜひお勧めします。集中内観をしたからもう大丈夫、集中内観で素晴らしい体験をしたからもうこれで良い、ということはありません。内観法の創始者吉本伊信師は、集中内観を電信柱、日常内観を電線に例え、電信柱を立てたら必ず電線を張らなければ電気は通らない、「今、誰に対して内観をされていますか」と、常に日常内観の実践を奨めておられました。

日常内観のやり方について
日常内観は、集中内観のような環境を整えることは大変難しいので、出来る範囲で行えばよいと思います。その方の日常やご性格に合わせたやり方が一番長続きするようです。内観する場所は、今までお聞きしたところでは、朝晩の布団の中、通勤電車の中、止まっている車の中(運転中は危険です)、入浴中、家事(料理・掃除・洗濯等)をしながら等、様々です。
今までに瞑想の森内観研修所で内観した方の日常内観の方法をご参考までに。

1.書く ノート・メモなどに、テーマ(思い出す相手や年月)を決めて、一日に一回くらいずつ「していただいたこと」「して返したこと」「迷惑を掛けたこと」を書いていく。また、思いついたまま書き散らしても良いと思います。
2.話す内観したら、テープに「ただいまは、○月○日ですが、□に対する何時の自分を調べました。してもらったことは~」と吹き込んでいく。テーマも自由。
3.送る  内観した内容を、内観研修所に、葉書・テープ等で送る。この場合、集中内観面 接と同様、面接者が目を通し拝聴しますが、その内容についてのコメントはしません
4.思い出すだけ朝、目が覚めたら、数分間、母に対して、父に対して、幼少時を内観する。夜、布団に入ったら寝付くまで、今日あったこと・会った人に対して、反省も含めて内観する。その他、日常の生活の中で。
5.喜びの会年に数回、内観に関わる諸先生方の講演や、瞑想の森での集中内観体験者のお話が聞け、面接者・ゲストとの膝を交えたディスカッションで意見交換・質疑応答などありますので、日常内観の一環としてご利用ください。
喜びの会の詳細は → コチラ
6.ブログとメルマガその対象となる人に対して、自分はこれまでどういう態度や行動をとってきたかを、思い出せる限りの昔から、3~4年ずつ年代を区切って調べていく。

日常内観をしていて、何かわからないこと・困ったことがありましたら、ご遠慮なく瞑想の森内観研修所へお尋ねください。

よくある質問 FAQ

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